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2007年09月04日

ちょっと思い出話

うちの下駄箱には、ボロボロの古いバスケットシューズ(以下:バッシュ)が入っています。


僕は高校時代、部活動でハンドボールをやっていたのですが、マイナー競技のハンドボールは当時まだ専門のシューズなるものが少なく、大体のハンドボーラーはバッシュを履いてプレーをしていました。


僕もやはり同じようにバッシュを使っていたのですが、これはもともと友人のものでした。
デザインもいいし動きやすそうだし、早速同じものを購入しよう!とショップに行ったらすでに絶版となっておりガックリ。ところが「新しいシューズを買ったから」 という友人から譲りうけ、そりゃあ喜んだものです。だってこのシューズを欲しいと思ったのは、彼が履いてプレーをしている姿がすごくかっこよかったというのも大きな理由だったので。


譲ってもらったバッシュは3年間愛用し、今でも現役の一足としてたまに体育館等で体を動かす時に使用しています。


今回はこれを譲ってくれた友人の話。
ちょっと長くなると思いますが、ひとりごとということでご勘弁下さい。

 高校入学後、前年インターハイに出場したというふれ込みのハンドボール部に入った僕は、そこでM君という同級生とチームメイトになりました。ハンドボールはだいたい高校から始まるスポーツなのですが、M君は数少ない中学からの経験者で、30名近く入部した部員の中でも際立って上手く、常にレギュラーとして活躍していました。


 校内でのM君は問題児とまではいきませんでしたが、一見つまらなそうにしているのと授業を休みがちなことから、先生や学校からはそういう目で見られていました。シャイで性格に波があったというのも影響していたと思います。しかし友人達にはその豪快且つ愉快痛快な言動でいつも楽しませ、そして驚かせてくれました。何よりハンドボールをしている時は実に輝いており、顔立ちもよく女子生徒にも人気がありました。ただその個性的な存在感とは裏腹に、ふと暗い影を漂わせることもあり、まれに人を寄せ付けない雰囲気を出すこともありました。


 M君のエピソードは尽きません。


 試合中に相手の選手と激しくぶつかって鼻が「く」の字に曲がってしまい、病院に行くと即手術。こりゃ大変だと後日みんなで自転車をこいで遠く入院先の病院へお見舞いに行ったら、顔面包帯グルグル巻きでカーテンから顔だけ出して曰く、「帰ってくれ」。何故だと問うたならば 「パジャマ姿を見せたくない」 との理由で一同大笑いしたこと。


 部活の合宿で学校に泊まった時、深夜の校舎を探検してくると言って体育教官室へ入ったM君。そこを僕と友人ら3名でこっそりドアを押さえ、しばらく助けを求める声が聞こえるも笑いをかみ殺ししそのままに。やがて声が消えた頃脱兎のごとく逃げその後知らん顔。次の日犯行がバレ、3人で土下座をして謝ったものの、前日のM君の狼狽ぶりが浮かんでまた大笑いしてしまい、さらに怒りを買ったこと(これは明らかに僕らが悪いです)。


 3年生最後の大会終了後、打上げでお酒を飲んだことが学校にばれてしまい(いけませんね・・・)部員全員が自宅謹慎に。M君は抜き打ちで訪問に来た先生に部屋でプラモデルを作っているのが見つかり、且つ、その時提出した1日の予定表に 「笑っていいともを見る」 と書いて1人だけ謹慎が1週間伸びたこと(ちなみに謹慎中は制服着用にも関わらずこのときはパジャマだったそうです。オイオイ嫌なんじゃないのかよ・・・)。


 部活はとてつもなくハードで30名近くいた同学年の部員も最後は10名足らずになっていましたが、このように良くも悪くも色々なことがあるおかげで、飽きることなく3年間を過ごすことができました。そしてトラブルの中心には大抵M君がいました。


 謹慎明け後、M君はますます学校に来なくなりました。しかしハンドボールにおいてはその実力が認められ、見事県の選抜メンバーに選出。授業は出ず練習のみに参加するという形で夕方から登校をしていました。すでに引退した僕たちは、学校を終えて帰る頃、トコトコ歩いてくるM君と「おうー」とか「頑張ってねー」とか声をかけあう位しか話す機会は無くなっていました。


 M君は実業団からの誘いもあったようですが、県の選抜チームが解散したあとはほとんど学校にも出ず、校内でもほとんど見かけなくなりました。卒業後は進学も就職もせずバイトをしていたらしく、たまにOB会等に顔を出していましたが、お互いバイトや学業等で忙しく会う機会はめっきり減っていきました。


 皆がそれぞれの道へ進んだ数年後、久しぶりに飲み会で会ったM君は髪やひげが伸び、グッと端正になっていました。聞くところによると建築関係の仕事をやっているとのことで、以前と変わらず元気そうでした。どことなく漂う影も相変わらず。


 僕が今度結婚するという旨を伝えると、ビールを片手に


「それは俺を呼ぶしかない!」「俺がお前の結婚式を盛り上げてやる!」
と、しきりに披露宴参加オファーをかけてきます。


「もともと誘うつもりだったし、もう招待状リストに入れているよー」
と言うと、照れくさそうにして再びビールを飲み始めました。多分自分は誘ってもらえないと思ったのでしょう。そんなわけ無いのに。


 後日、紫のダブルスーツに黒シャツ、「ボートに乗った人が川面で釣りをしている」柄のネクタイをピリリと締めて、M君は僕の結婚式に登場してきました。みんなからは 「新郎より目立っている」 とさんざんからかわれたものの、式はM君による野次や掛け声で大いに盛り上がりました。最後はM君の指示で友人一同に胴上げをしてもらい、危うく会場外の池に落とされそうになったところを寸前でスタッフに止められるという一幕もありました。今考えると池に放り出されるのも有りだったかなーと思ったりしています。


 M君はその後の二次会でも梅沢富美男の「夢芝居」を一糸まとわぬ全裸姿で熱唱するなどアクセル全開。親戚は目をまん丸にしていましたが、僕を含め友人一同は腹を抱え涙を流して大笑い。その後、彼の話題になるときは「M君」ではなく、「夢芝居M」という枕詞が付くようになりました。
結局四次会くらいまで騒いだ後、泥酔しきった夢芝居M君は、友人にタクシーへ放り込まれて夜の闇へと消えていったのです。





 そしてそれは動いているM君最後の姿でもありました。





 4年後の平成17年6月初旬。ハンドボール部時代のマネージャーからM君が危篤だという連絡がありました。1年前から癌を発症して手術を繰り返しており、電話のあった二日前に吐血して意識を失ってからは危険な状態が続き今日明日が山とのこと。そんなことなど全然知らなかった僕は、とにかく次の日に友人達と入院先の病院へ行きました。


 消毒液がツンと鼻に響く病室に入ると、家族と彼女らしき子に囲まれてベッドに横たわるM君の姿が。酸素マスクや点滴をあてがわれた姿と、間もなく彼女との結婚が控えていたという話を聞いて友人達は皆泣いていましたが、僕はどうしても実感が湧かず、「あ、パーマかけたんだ」 とか 「パジャマ着ているな」 などのんきなことを考えていました。ガタイも良かったし、手を触ったら温かく、本当に眠っているようでした。


 M君はそれから3ヶ月後に亡くなりました。意識は戻らなかったものの、もって数日と言われてから3ヶ月も生きていました。舌癌だったので、体自体は部活と力仕事で鍛えたのもあり健康だったのが延命の要因だろうとM君のお父さんが言っていました。


 葬式では、「結婚式の祝辞を頼まれていたのに、何で送辞をすることになっちゃうんだよ!」という友人代表A君の言葉が皆の涙を誘いました。僕はぐっとくるものはありながらも、泣くことはありませんでした。


 その後は「しみったれたのが苦手だったので」というお父さんの意向で宴会が行なわれました。
こんなに騒いでいいのかな?というくらい皆で飲んで食べて笑って。


 式も終わり 友人数名での帰り際、ふと


「みんな元気なうちにちょこちょこ会おうな」
と、一番体が大きく頑丈な友人が言いました。


いつもなら誰かが「お前はまず大丈夫だろう!」とか
突っ込むはずなのだけど、その時は皆黙ってうなずいていました。


 


 あれから二年が経ち、今日9月4日はM君の命日。
不思議なもので去年より今年の方がいろいろと思い出しています。


M君から譲り受けたボロボロの古いバッシュは、
形見っていうと何だか聞こえは良いですが、使うときは普通に使うし、
放りっ放しのときは1年近く下駄箱に入れたまま。実際のところ扱いは非常に雑です。




 ただやっぱり捨てることは無いんでしょうね。




 親友でもなく、同じクラスになったこともない、ただ部活のチームメイトだったM君の記憶はこれからどんどん薄れていくのだろうけども、運動する時にバッシュを下駄箱から出したり、テレビや飲み屋等で夢芝居が流れるのを聞いた時だけは思い出すのだと思います。




でもそれはそれでいいのかなと思います。








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Posted by だてBLOG編集長「だておとこ」 at 21:07│Comments(6)思ひ出に関すること
この記事へのコメント
悲しいと言えば悲しいですが
素敵な関係や思い出がうかがえてちょっとうらやましいです。
Posted by たま at 2007年09月04日 22:49
泣ける話ですね。
そんなことがあったなんて。
最近、友達とは会ってなので、
とても会いたくなりました。
Posted by 「だてBLOG」スタッフ シゲザネ at 2007年09月05日 12:24
昨日の夜泣きました・・・。
宴会をなさったお父さんの気持ちが伝わってきます。
故人が寂しくないように、不安で戻ってこないように
笑って見送るのはいいとうちの寺の住職が言ってたことあります。
きっとMさんもそう思って見守ってくれてると思います。
Posted by PEリDOット at 2007年09月05日 18:28
■たまさん
高校時代の良い思い出ですね。
馬鹿な学生でした。。。

■シゲザネ
もう30だし、会ったほうがいいぞ。


■PEリDOット さん
中途半端な感じでやるより
ゲラゲラ笑って送り出す方がよいですよね。
不謹慎ではないと思います。
Posted by 「だてBLOG」スタッフ だて男 at 2007年09月06日 15:09
M君の見られたくなかったパジャマ姿  みんなで見れたなんて最高です。
きっと体はそこになくっても 気持ちは一緒に大騒ぎしています。
「千の風になって」ではないけれど 肉体でも魂でもない何かが
亡くなっても大切な場所にふっと現すことができるのではないのかな?

それは だて男さんにとってのバスケットシューズじゃないでしょうか♪
Posted by うなこ at 2007年09月06日 19:10
■うなこさん
そうですね。。。
何かあまりいなくなったという
感じがしないんですよね。
「千の風になって」のような話ではないですが
確かにふと存在を感じることがある気がします。
不思議ですよね。
Posted by 「だてBLOG」スタッフ だて男 at 2007年09月07日 20:51
 
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